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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)114号 判決 1985年6月24日

埼玉県所沢市北野二二〇番地

原告

新日本機械工業株式会社

右代表者代表取締役

増田文彦

右訴訟代理人弁理士

松下義勝

同 弁護士

副島文雄

福岡県久留米市天神町七〇番地

被告

株式会社久電舎

右代表者代表取締役

小川正治

大阪府大阪市浪速区日本橋三丁目六番四号

被告

珠式会社セイカイドウ

右代表者代表取締役

山瀬省吾

右被告両名訴訟代理人弁理士

伊東忠彦

同 弁護士

上村正二

"

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が昭和五四年審判第八五三七号事件及び同第一〇九八八号事件について、昭和五九年三月九日にした審決を取消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、被告らは、主文同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「菓子類の自動焼成機」とする特許第七八九三二五号発明(昭和四一年七月二九日出願、同四五年三月五日出願公告、同五〇年九月二九日登録。以下この発明を「本件発明」、この特許を「本件特許」という。)の特許権者であるところ、被告株式会社久電舎は、昭和五四年七月一三日本件特許について特許無効審判を請求し、特許庁昭和五四年審判第八五三七号事件として審理され、次いで被告株式会社セイカイドウは、同年九月一一日前同様の審判を請求し、同庁同年審判第一〇九八八号事件として審理され、両事件はその後併合された上昭和五九年三月九日本件特許を無効とする旨の審決があり、その審決の謄本は、同月二六日原告に送達された。

二  本件発明の要旨(特許請求の範囲)

架枠に無端状に運行する焼板を設け、その前端には材料の供給装置を設け、中央部に焼板の上下に加熱装置を有する加熱函を設けて構成し、架枠の前端に紙をロール状に巻き、一端から引出せるようにしたロール体を支架し、その始端を焼板上に導き、容易に取外しできるようにして共に運行させこの紙上に材料を供給し、紙を介して加熱焼成することを特徴とする菓子類の自動焼成機。

三  審決理由の要点

1  本件発明の要旨は、前項に記載のとおりである。

2  これに対し、米国特許第一七九五六八八号明細審(昭和六年七月二八日特許局陳列館受入、以下「引用例」という。)には、「基礎上の架枠に無端状に運行する薄い鋼帯4を設け、その前端には材料の供給ホツパ3を設け、中央部に前記鋼帯4が通過する加熱装置を有する焼成室6を設けて構成し、前記架枠の前方の基礎上に紙7をロール状に巻き一端から引き出せるようにしたロール体8を支架し、その始端を前記架枠に支架した案内ローラ9と一対の供給ローラ10、11を経て前記鋼帯4上に導き、共に運行させこの紙7上に材料を供給し、紙7を介して加熱焼成するスポンジケーキ類の自動焼成機」が記載されている。

3  そこで本件発明と引用例に記載のものとを対比すると、両者は、「架枠に無端状に運行する焼板(引用例における「薄い鋼帯」に相当、以下括弧内は引用例のものを示す。)を設け、その前端には材料の供給装置(ホツパ)を設け、中央部に焼板(薄い鋼帯)が通過する加熱装置を有する加熱函(焼成室)を設けて構成し、紙をロール状に巻き一端から引き出せるようにしたロール体を設けてその始端を焼板(薄い鋼帯)上に導き、共に運行させこの紙上に材科を供給し、紙を介して加熱焼成する菓子類(スポンジケーキ類)の自動焼成機」である点で一致し、次の三点で相違する。

(1) 本件発明では、加熱装置を焼板の上下に配置しているのに対し、引用例では、加熱装置の配置が不明である。

(2) 本件発明では、紙のロール体を架枠の前端に支架しているのに対し、引用例では紙のロール体を架枠の前方の基礎に支架している。

(3) 本件発明では、ロール紙の始端を焼板に対して容易に取外しできるようにしているのに対し、引用例では、ロール紙の始端を薄い鋼帯に対して容易に取外しできるようにしているか否か不明である。

4  そこで右各相違点について検討するに、

相違点(1)について、加熱装置を、運行する焼板の上下に配置することは、菓子等の焼成機において周知の技術であるから、引用例のものにおいて、その焼成室の加熱装置を薄い鋼帯の上下に配置することは、単なる周知技術の転用にすぎない。

相違点(2)について、紙のロール体を架枠に支架するか架枠を据付けた基礎上に支架するかは、設計上の問題であり、紙のロール体を特に架枠に支架したことによる効果も認められないから、右ロール体を架枠の前端に支架することは、単なる設計変更にすぎない。

相違点(3)について、焼板が無端状に運行する以上、焼板と共に運行してきたロール紙の始端が焼板から取り外せない場合にトラブルが発生することは明らかであるから、必然的に焼板の末端で取り外さなけれはならないのであり、その際ロール紙の始端を焼板に対して容易に取り外しできるようにすることは、当業者であれば当然に考慮すべき事項である。

5  してみると、本件発明は、引用例に記載のものとその構成において実質的に一致しており、またその効果においても差異がない。したがつて本件特許は、特許法二九条一項三号の規定に違反して特許されたものであるから、同法一二三条一項一号の規定に該当し、無効とすべきものである。

四  審決の取消事由

審決は、本件発明と引用例のものとを対比するに当たり、両者の間に審決が指摘する三つの相違点のほかに以下に述べる重要な相違点があるのにこれを看過したため、本願発明が引用例のものと同一であるとの誤つた結論に至つたものであるから、取消されるべきである。

1(一)  本件発明の技術的課題は、和紙を使用し、かつその和紙を付着したままで製品とするカステラ菓子類の自動焼成にある。すなわち、本件発明は、明細審全体の記載から明らかなとおり、カステラ菓子類の製造の自動化を目的として開発されたものであつて、これに使用されるロール紙は、カステラ菓子の特性から和紙を使用することを前提とした技術である。したがつて明細審の実施例も、和紙を使用したカステラ菓子の自動焼成を好適例としてカステラ生地の流動性を考慮して和紙の側辺の折り曲げ機構についてまで記載されているのである。

(二)  審決の指摘する本件発明の引用例のものとの相違点も、このような技術的課題に由来するものであり、審決の相違点(1)にいう構成によつてカステラ類がむらなく焼け、同(2)にいう構成によつてロール紙としての和紙を使用してもロール体が機体本体と一体となつている関係上振動しても破れることがなく、また同(2)、(3)にいう構成によつて引用例のものでは予想されるロール紙のトラブルを回避することができるなど、特段の作用効果を有するのである。

(三)  もつとも、本件発明によつて、和紙を使用したカステラ以外のもの、例えば洋紙を用いたスポンジケーキ類の自動焼成が可能であることは、スポンジケーキがカステラほど繊細さ、微妙さ、風味等を必要としないことから当然である。すなわち、本件発明は、和紙を敷いて焼くカステラ菓子を含む菓子類の自動焼成を可能とした技術として特徴を有するのである。

2  これに対し、引用例のものは、カステラとは異るスポンジケーキの製造装置に関するものであり、これに用いられるロール紙は、特に耐熱性、耐湿性に優れた頑丈な洋紙を使用することを前提とした技術である。このように引用例のものは、本件発明とは技術的課題を異にしており、したがつて和紙を使用できるようにした特別の構成は何ら記載されておらず、本件発明において奏せられる効果も、引用例のものでは期待できない。

3  被告は、スポンジケーキとカステラが菓子として同一のものであると主張するが、和紙を敷いて焼くカステラがわが国独得の和菓子に属し、スポンジケーキと別のものであることは、当薬者において周知である。たとえ一般読者を対象とする英和、和英辞典等に被告らの主張するような記載があつたとしても、それは、右辞典の性格上国語辞典のような正確性はなく、便宜的記述とみるべきである。

第三  請求の原因に対する被告らの認否と主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四の主張は争う。原告の右主張は失当であり、審決の認定、判断に誤りはない。

1  カステラとスポンジケーキとは菓子類として別種のものではなく、スポンジケーキとはカステラそのもののことである。このことは、わが国で広く用いられている英和、和英辞典の記載からも明らかである。仮に両者が異るとしても、本件発明の特許請求の範囲には、単に「菓子類」とのみ記載されており、発明の詳細な説明欄を見ても、「焼成する菓子」、「例えばカステラやこれに類する菓子」と記載され、カステラに限定されない表現となつている。

2  本件発明の明細書において、「和紙」の語が用いられているのは、わずか二個所であり、それもなるべく和紙を用いることが示唆されているだけであり、他の個所ではすべて「紙」という語が用いられている。右明細書において、紙が和紙に限るとの記載は全くなく、また和紙を用いたことにより、原告の主張するような効果が生ずることについての記載も全くない。

第四  証拠関係

訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決取消事由の存否について検討する。

1  原告は、本件発明はカステラ菓子類の製造の自動化を目的とするもので、これに使用されるロール紙は和紙を使用することを前提とした技術である旨主張する。

しかし、前叙当事者間に争いのない本件発明の特許請求の範囲には、「……紙を介して加熱焼成することを特徴とする菓子類の自動焼成機」と記載されているのであつて、本件発明に係る自動焼成機によつて焼成される菓子類は、カステラに限定されてはおらず、これに用いられる紙も特に和紙に限定されていないのである。

また、成立に争いのない甲第二号証、第六号証によると、本件発明の明細書中発明の詳細な説明欄にも、本件発明の対象とされる菓子類について、「この装置は、菓子の種類に応じ、各種のものを取替えて使用することができる。」(公報一欄三六、三七行)、「……例えばカステラやこれに類する菓子……」(同二欄一一、一二行)、「菓子を自動焼成する場合」(同三欄三、四行)などと記載されていることが認められ、本件発明がカステラ菓子類の製造に限定され又はこれのみを目的とするものであると解すべき記載は見当らない。

次に、本件発明に使用される紙についても、前掲甲第二号証、第六号証によると、本件発明の明細書中発明の詳細な説明欄には、特段限定のない「紙」一般について記述され、ただ、なるべく和紙を使用するのがよいとの趣旨の記述があつて、その実施例が示されているだけであり(公報二欄一六行、二一行)、本件発明が和紙の使用のみに限定され又はそれを前提とするものであると解すべき記載は見当らない。

以上認定の事実関係からすれば、原告の前記の主張は失当であつて採用できない。

2  そうすると、仮に原告主張のとおり、カステラとスポンジケーキが異るものであるとしても、原告主張の審決取消事由はその余の点について判断するまでもなく、理由がないものといわなければならない。

三  よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀧川叡一 裁判官 松野嘉貞 裁判官 清野寛甫)

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